芸術は心が動くか動かないかが、いっちゃん大事

芸術は心が動くか動かないかが、いっちゃん大事 コラム

欅坂のテレビパフォーマンスなんかがあると、Twitterなどでトレンドに上がることが多いですが、そうすると色々な声が出てきます。

褒めるものもあれば、そうではないものもありますよね。

ただ、私の個人的な考えでは「技術審査」のような見方をしている人は、ちょっともったいないんじゃないかと思ったりします。

音楽も芸術の一部ですが、芸術鑑賞というのは芸術家がなにを表現したいのかを、受け手が感じ取ることで成立するのだと思います。

もちろん、技術というのは自分が表現したいものを最大化するときに必要になるものではありますが、メインではありません。時に技術では劣っていても、表現したいものがあふれていれば、それは人の心をうつことがあります。

欅坂(に限らず多くのアイドル)の場合、作詞作曲を自分たちでしているわけではありませんし、振り付けも基本的には振付家がしており、演出も演出家がいれば演出家の方がやります。そういう意味で自分たちが表現できる範囲は多くありませんが、実際のパフォーマンスは自分たちで行うので、そこに「何を表現したいのか」は現出してきます。

決められた内容を決められたとおりに行うのは1つの技術ですが、それだけで人の心をうつパフォーマンスになることは多くありません。その技術の上に乗っかっている「表現・解釈」こそが人の心をうつかどうかを決めるのだと思います。

で、その表現を受け取れるかどうかは、私たち受け手にかかっています。

そして、受け手の結論は「これいいな」と思うか、「これは別に響かないな」のどちらかになります。というか、これしかないんです。

仮に「響かなかった」としても、その原因が技術にあるとは限りません。芸術家の差し出した表現と自分が受け取れるアンテナがずれているだけのことも多いからです。また、芸術家が自分の表現ができておらず、何か置きにいったようなことをしている場合も心に響かない作品が出来上がりがちです。

芸術には答えがありません。私たちはつい何か正解があるのではないかと思いがちですが、正解なんて無いんです。

だから、「これは響かなかったな」と思ったときに、それが技術に起因していると短絡的に考えてしまうのはもったいないと思うんです。

どうして、この作品が響かなかったんだろうと考えることで自分の中のアンテナを広げるチャンスにもなるからです。

まあ、そもそも興味が無ければ、そこまで考えようとは思わないと思いますが、興味があるものでそういう感情を持ったら、ぜひ技術的なところにとらわれずに「なぜ自分には受け取れなかったのか」を考えてみてください。

芸術鑑賞の肝は、「心が動いたか、動かなかったか」の2つに1つです。