欅坂はずっと変わりながら、変わらずにきたんじゃないのか?

欅坂はずっと変わりながら、変わらずにきたんじゃないないのか? コラム

メンバーの卒業や脱退が多かったこともあり、最近の雑誌のインタビューなどでは「変化」について欅坂のメンバーが聞かれることが増えています。

ファンも、そういうことを書くことが多いかなと思うんですか、私にはとても違和感があります。

欅坂はずっと変わりながら、変わらずにきたんじゃないか……という。

今回はそんなお話。

根っこと花は違う

ものごとを見るときに、私たちに今見えているもの、要するに「花」だけを見ると、大事なものを見落とすことがあります。

実際は、その花の下には根っこがあるからです。

イメージとしては1つの根っこから複数の花が出ていて、私たちはその花を見て、あーだこーだ言っているのが今の状況です。

その花は色が違ったり、形が違ったりするので、違うように見えるわけですが、根っこは同じなんですよね。

根っこはそう簡単に変わりません。長い時間をかけて変わることはあっても、昨日の今日で変わるようなものじゃないんですよ。

人間だって、子供から大人になれば、夢も変わるし、行動だって変わりますが、根っこの性格だったりは変わっていないことが多いと思います。それと一緒です。

だから、花が変わったからと言って、すべてが変わっているわけじゃないのです。

すべてのものごとは同じではいられません。世界は「無常」です。

「今」しかない

そんな「無常」の世界にあるのは、「今」です。

「今」しかありません。

でも、「今」の土台には「過去」があって、「今」は「未来」の土台になっていくという側面もあります。

「今」は「過去」とは違いますが、「過去」からのつながりを受け継いでいます。

だから、「今」は変化し続けるけれど、「過去」とまったく違うということはあり得ないわけです。

これは良く言えば伝統とかになりますし、悪く言えば因習や足かせのようにもなります。

どういう方向性で「過去」をとらえるかは、それぞれの人の感覚によります。でも、「今」と「過去」はどのみち不可分です。分けようがないんですよ。

もうちょっと分かりやすいイメージで言えば、玉ねぎの皮が「今」で、食べるところが「過去」って感じでしょうか。

見た目は違うけど、つながっていて、皮だけが単体で生まれることはありません。

「今」というのは、過去と変化しているけれど、変化していない部分もあるのです。総体では変化しているし、無常だけれども、その中の一部には不変な部分もあるわけです。

欅坂はずっと変わってきたし、変わっていない

欅坂に関して言えば、例えばサイマジョからセゾンまでと不協和音以降の楽曲はかなり毛色が違います。

「笑わないアイドル」とか言われていたこともありました(セゾンでは笑ってますけどねw)。これは、かぜふかで変わりました。

てちの様子もずっと変わってきているし、ほかのメンバーだって同じです。土生ちゃんなんて、最初とかなり変わりましたよね。

今までもメンバーの卒業はありました。ずーみん、愛佳、米さん、ねる。

それでもやってきたし、これからもやっていくんです。

欅坂には「今」しかありません。

「今」はこれまでだって、ずっと変化し続けてきました。

でも、「今」の土台には過去があって、綿々と続いてきた「変わらないもの」もあるわけです。

こういう「変わらないもの」はたいてい目に見えるものではありません。目で見えていたら変わってしまいますからね。

だから、言語化して言うのは難しいとは思うのですが、「変わらないもの」はずっと持ち続けていくことになります。

人が入れ替わっても、根っこは受け継がれていくと思うんですよ。なんというか雰囲気とかの、安易に言語化できない部分が。

「今」は「今」。それ以上でもそれ以下でもありません。「過去」との比較なんて意味がありません。

「過去」からの変化は必ずあります。でも、その中に「変わらずに受け継がれてきたもの」は絶対に入っています。そういう意味では変わっていないとも言えます。

だから、ものごとは「変わりながら、変わらずにある」のです。

どんと構えよ!

まあ、分かりますよ。

ファンとしては、どうなっていくのかなとか、気になるところもあります。

でも、物事に無変化があり得ない以上、「どんと構える」しかないんですよ!

大丈夫!

変わらないところも必ずあるから。

「今の欅坂」を楽しむしかないのです!

変わったら変わったで、新しい楽しみが見えてきますよ。

だから、大丈夫!

「今」を一緒に応援していきましょう!

今回のEDソング】
欅坂46「語るなら未来を・・・」

欅坂46 『語るなら未来を・・・』

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