そこにはいつも欅坂がいた「10cmの向こう側」

そこにはいつも欅坂がいた「10㎝の向こう側」 そこにはいつも欅坂がいた

日常の中に欅坂はいつもいる。

それによって人生がほんの少し動いた人たちの、ちょっとした物語。

「10cmの向こう側」

今日も跳べなかった。
あの10cm。
何度走って、何度跳んでも。
どうしても、超えられない。
何がいけないのか。
歩幅か。跳躍力か。助走のスピードか。

分からない。
分からない。

もう、辞めてしまおう。

ーーー

あの日の私の決断は正しかったのだろうか。

そんなことを考えたって正解なんてない。

今あるのは目の前の仕事だけ。

本当にやりたいのはこんなことだったのか。誰かのところにいって頭を下げて、引きつった笑顔を浮かべて。

違う、違う、違う……。

でも、じゃあどうするんだ。

お前に今の状況を打破する覚悟はあるのか。

嫌でもそこにしがみつくしかないんだ。

あの10cmが跳べなかったお前には。

そうだ。あの10cmが跳べなかったんだ。そんな私に何がーー。

タッタッタッ、ダッ!

そこには、あのときの私がいた。

何度も何度も、跳んで、棒をひっかけて。

それでも諦めずにスタート位置につく。

いや、違う。あれは私じゃない。名も知らない高校生だ。

でも、あのときの私と同じだ。

何度も何度も跳んでいた私と。

気がつけば、通りすがった高校のフェンスに手をかけて、その子をずっと追いかけていた。

もう夕方だ。帰社しないといけない時間はとっくに過ぎている。

それでも、私はその子から目が離せなかった。

鳥が校庭に影をつくりながら、横切った。

その子が走り出す。もう何度も見た光景だ。

待ち構えているバーに向かってカーブしていく。

砂を散らしながら、その子が踏み切る。

その子は身体を力いっぱい反らせる。

私は思わず叫んでいた。

「跳べー!」

その子は跳んだ。

そして……越えた。

私がどうしても跳べなかった、いや跳ぶことを諦めたあの10cmを。

周りから怪訝な目をされていることに気づいた私は、急いでその場を離れた。

歩きながら考える。

何度ダメでも、次の一回で上手く行くかもしれない。

諦めたら、ずっとそれは追いかけてくる。呪いのように。

うまくやり過ごしたって、最後には壁になって現れる。

ダメでもいいじゃないか。

失敗しなきゃ、あの先は見られない。

10cmの向こう側は見られないんだ。

次は絶対に間違えない。

私は、私のために跳ばなきゃいけないんだ。

駅でふと聞こえてきた曲があった。

「傷つき挫けながら、歩き方を覚えるもの」

そうだ。

何度もバーを落とさなきゃ。あの10cmは超えられないんだ。

次こそは跳ぶ!

何度だってバーを落としてやるんだ。

そう思って、私は改札にICカードをタッチした。

そのタッチ音は、まるでスタートの合図のようだった。

ーーー

テーマ曲「制服と太陽」
(作中に引用した歌詞は「制服と太陽」のものです)


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