今回は先日発売された「BRODY2021年6月号」の感想です。(リクエストしていただき、ありがとうございました)
この号では理佐、おぜちゃん、うえむー×武元ちゃん、大沼ちゃん×ますもちゃんの4つのインタビューに加えて、2ndシングルMVの3監督&TAKAHIRO先生&ジャケ写アートワークの方の制作陣インタビューもありました。
後者はなかなか聞けない話も多くて、とても面白かったです。
ここではこれからの櫻坂にフォーカスを当てて、感想を書きたいと思います。感想というよりは、どう私の感覚が修正されたかのほうが正確ですが(笑)
欅坂と櫻坂
制作陣のインタビューでは、やはり欅坂と櫻坂の違い、あるいは残すところの話が多く出ていました。
インタビューの中で「BAN」を担当した加藤ヒデジンさんは「絶望から希望を見出す」(P42)ということを言っています。
「偶然の答え」を監督した林希さんも「自分を変えたいと一歩踏み出した彼女たちは、ファンに希望を与えられる存在」(P44)だと語っています。
「思ったよりも寂しくない」は、そもそもそういう曲ですので、櫻坂のメイン曲には「希望」がキーワードとして、通底しているのかなと感じました。
また、TAKAHIRO先生は欅坂と櫻坂は表裏一体で、同じ現実を見ているけれど、向かう方向が違うんだと言っていました。同じ辛い現実を見ても、欅坂は破壊、櫻坂は生に向かっていると。(P50)
これも希望に近くて、いずれにせよ「生きる」方向に向かっているのかなと思いました。
確かに、欅坂のときはそうは明示されていなくても、どこか「死」の匂いが漂っていました。だからこそ、「ある日突然どこかに行ってしまうのではないか?」という不安が常にあって、逆にそれが一種のスリルになっていた面があります。(実際そんなような終わりを迎えましたね)
でも櫻坂はそうじゃない。
「今苦しくても、それでも生きるべきだ」
と訴えているような気がします。
「確かに辛いこともたくさんある。でも、この世界は生きるに値するんだよ」と「僕」や「ファン」に伝えようとしている気がするのです。
3人センター制は変わらないのでは
このインタビューを読んでいて、るんちゃん、夏鈴ちゃん、天ちゃんの3人センター制は当面変わらないのではないかという思いが強くなりました。
というのは、「生きる」という視点で考えると、それぞれ役割があるように思えたからです。
森田センター
→信念
藤吉センター
→現実・生きること
山﨑センター
→ポジティブさ、サポート
るんちゃんセンターの曲は、ノバフォにしろ、BANにしろ、強く訴える曲になっていますが、これは櫻坂の信念を表しているように思います。
絶対にBANされるものか!お前らが勝手に絶望してるだけだろ!押し付けてくんじゃねえ!的な。
私はノバフォの楽曲やMVを見たときから「お前らふざけんなよ」感をずっと感じていたんですけど、ノバフォの監督をされた後藤さんがインタビューで似たようなことを言っていて「私の感覚間違ってなかった〜」と一人で嬉しくなってました(笑)(P46)
この「変わらないで、自分らしく生きる」という信念は欅坂と変わっていないと思います。ただ、矢印は自分ではなく、外に向かっています。この矢印の向きの反転が改名による変化の一つなのでしょう。
でも、現実には色々なことが起こります。
それを表現しているのが夏鈴ちゃんセンター曲。
なぜ恋では「恋をしたウキウキ」、偶然の答えでは「思いが伝わらない苦しみ」。
そういう喜怒哀楽の表現を夏鈴ちゃんには担わせているのかなと。恋愛は普遍性が高くて共感させやすいので、題材に選ばれやすいだけな気がします。
そして、天ちゃんのセンター曲はそれを包み込んで、「それでも生きていこうよ」と励ましてくれるような役割でしょう。だから、天ちゃんのセンター曲が実は一番重要かもしれません。櫻坂の「希望」感の心臓。
これは天ちゃんが持っている、開放的な明るさを活かしていると感じています。天ちゃんの明るさはテンションとかではなくて、誰とでもフラットに接することができる開放感がだと思います。だから、buddiesを歌ってても説得力があるんですよ。あれ歌詞が直接的でシンプルなだけに、説得力ないと浮いちゃうと思うんですが、天ちゃんがいることでちゃんと入ってきますもん。
こんな感じで3人には役割があって、それが櫻坂の色になっていく可能性があるので、当面はこのままで行く気がします。
櫻坂の「色」は「生きること」になっていくのかも
私はこのインタビューを読み込むまで、楽曲がオムニバス的に見えていて、関連を掴めていなかったのですが、読み込んで「関連あるのかも」と思い直しました。
カップリングはあまり関連ない気もしますが、これはユニット曲に近い扱いなのかなと思っています。
その意味で「生きることには価値がある」というのが櫻坂の色になり得るかもしれないと思いました。
単純な応援ソングじゃだめなんですよ。
そんなのは巷に溢れているし、私のようなひねくれた人間は「陽キャのお前らに何が分かるんだ」「頑張ったから報われるなんて嘘だ」とか思いますからね(笑)
辛さを直視してくれて、寄り添ってくれて、その上で「もう少し生きてみようよ」と言ってくれるから、入ってくるんです。
欅坂は「私も同じだよ」と言ってくれていたけど、それとは少し違うやり方で、違う方向に私たちを導いてくれるんじゃないかと思うんです。
そして、それを体現するには3曲必要で、3人の個性の違うセンターが必要なんじゃないでしょうか。信念、現実、希望が3つ必要なんですよ。これがまさに「生きること」であるから。
大げさに言えば、3曲で1作品。だから、「全員でシングルを作る」という言い方をしたのかもしれません。あれはみんな平等に見せるという意味ではないんですよ、たぶん。
これはジャケ写担当のOSRINさんが言っていたことに影響されています。
2ndのジャケ写は生きている感じを見せたかったということを言っていたので。(P56-57)
また、こういう言い方が良いのかは分かりませんが「改名を余儀なくされた」ことは、「人生の大半は思うようにはいかない」(黒い羊)っていうことで、私たちが生きる中でぶつかることとだぶらせて見ることもできます。
だからこそ、そういう逆境の中で生きていくことを見せてくれているのかなと思うようになりました。
これは加藤さんが言うところの「櫻坂には物語が必要だ」(P42)というものとも通じるかなと思います。
深みのある希望を
このインタビューを読みながら、単に希望を伝えるのではなくて、「弱さ」や「ダメなところ」、「苦しさ」も描きながら、それでも、いやだからこそ「生きていくべきなんだ」ということを櫻坂には伝えていってほしいと思いました。
そして、櫻坂のメッセージを伝えることにこだわるパフォーマンスは、まさに「生きている」ことを表しているので、やっぱりパフォーマンスはとてつもなく大事だと思います。
欅時代からの強くない人にも寄り添うことを続けながらも、櫻坂ではそれでも一緒に生きていこうよというメッセージが伝わるような、深みのある希望を描いていってくれたら嬉しいなと思うようになりました。
まあ、本当にこういうものを考えているのかは分かりませんが、3人センター制が「3曲で1作品」という考え方に基づいたものだというのは、たぶん合っているんじゃないかなと考えています。
逆に言えば、センターが変わったり、3人センター制を取らなくなるとコンセプトの変更があったことを意味するのではないかという気がします。なので、当面は変わらないのではないでしょうか。
BRODYのインタビューではこういう話以外にも、各監督がMVの意図やメンバーへの印象を語っているので、とても面白かったです。
林さんの夏鈴ちゃん評はすごかった。夏鈴ちゃんは櫻坂になって、色々な引き出しを引き出されている感じがします。本人も気づいていなかったような。
まだ読んでいない方は、ぜひ読んでみてください!メンバーのインタビューも面白いです。特に「大不思議コンビ」(笑)
ジャケ写は今後もOSRINさんにお願いしたいと思いました。「エゴが無きゃ何も作れない」(P55)と言っているんですけど、クリエイターとしてこれは正解なんですよ。こういう人に作ってもらえるのは、ファンとしてもありがたいなと思います。櫻坂はこうであるべきだというものをぶつけてほしいです。3rd以降もやってもらえたら、とても嬉しいです!
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