昨日は欅坂のデビュー5周年でした!
もし、まだ欅坂という名前で活動を続けていればアニラが行われていたのですねえ。
私は5周年ということで、ベストアルバムの曲を全部聞きました(笑)やっぱり欅坂の楽曲はいいですねえ。
このブログでも何度か書いているような気がしますが、私自身が一番大切に思っている曲は「黒い羊」です。アイドル以前に、今日本のJ-POP業界で「黒い羊」みたいな曲が広く聞かれたということ自体に価値があると思います。
しかしながら、今回は「二人セゾン」について語ってみようと思います。
というのも、私が欅坂の表題曲の中で、最もクオリティの高い楽曲は何かと聞かれたら「二人セゾン」と答えるからです。
不協和音以後とは違う、欅坂がアイドルグループとして強い輝きを放ったのが「二人セゾン」という楽曲です。
欅坂の人間賛歌
欅坂の楽曲は、一貫して人間賛歌のようなものになっています。人間、そして自分は自分らしく生きていくことができるし、それを望んでも良いという。
しかしながら、初期の楽曲はより開かれていて、自分というよりも「世界賛歌」のようなものになっています。特に「世界には愛しかない」「二人セゾン」はその傾向が強いです。
せかあいなんて、そのものずばり「僕は信じてる 世界には愛しかないんだ」と言わせていますしね。人はもっと優しくなれると希望を歌ったものになっています。せかあいは歌詞がいいな~と思います。
セゾンはそこからさらに進んで、この世界で生きていくのは悲しいことも多いけど、それでも人は何度でも生まれ変われる。大切な人はきっといる。見過ごしちゃ、もったいないよと訴えかけるものになっています。
ここでも人間や世界は良いものだというのが前提にあって、世界観が構成されています。不協和音以後、世界は「僕」を苦しめるものとして描かれることが多くなります。それ自体は真理の一つですが、世界や人間には確かに美しい側面もあって、それを描いているのが欅坂前半の楽曲群だと言えます。
このようなテーマを持った楽曲は、後半は「太陽は見上げる人を選ばない」などに引き継がれた印象です。
なので、せかあいももちろん良いのですが、クオリティとしてはやっぱり二人セゾンだと思うのです。
歌詞が素晴らしい
歌詞は先述したような世界観があって、とっても良いです。
私は特にCメロが好きです。
「花のない桜を見上げて~」のところとかは、今グループが櫻坂になったことと通じているところがあるのかなと思ったりしますし、全体を通じて「生まれ変われるんだ」と歌っているところも今のグループ、そして私たちファンに響くものがあると思います。
そして歌詞の中でグッとくるのは、「季節」を意味するフランス語である「セゾン」の使い方です。曲中でずっと「君はセゾン」、あるいは「二人セゾン」というかたちで使われますが、最後だけ「僕もセゾン」なんですよ!
セゾンという言葉は「季節のように移ろい変わっていく切なさと美しさ」を表していると思われ、主人公は「君」や「二人の関係」にそういったものを感じています。
君が日常を輝かせてくれた、自分の世界を変えてくれた。
でも、君は去ってしまうのです。「春夏秋冬生まれ変われるよ」という教えを残して。
「僕」はずっと世界から目を背けて自分の世界に閉じこもっていました。変わらない。面倒ごとは避けて、ずっと退屈な日常が続けば、それでいいと思っていたんです。
でも、君と出逢って、そうじゃないんだと考えを改めたわけです。
だから「僕もセゾン」なんです。「僕も『君』と同じなんだ」と。そういう存在なんだと。周りも自分も変化していく。そこには悲しさと美しさが同居している。だから変化を受け入れていくんだと。そうすることで永遠が生まれるのだと。
私にとって、欅坂は「君」でした。でも、「君」は去ってしまいました。いや、正確に言えば「生まれ変わった、変化した」のです。
その中で「思い出をカレンダーに書き込んで、また自分も変化していくんだ」と思わせてくれた楽曲が、「二人セゾン」でした。
MV・パフォーマンスの特異性
「二人セゾン」のMVはほかの表題とは一味違うものになっています。
まずもって笑顔が多く、光が効果的に使われていて、明るい印象を覚えます。みんなが制服を着て出てくるところは基本的に明るいですよね。
一方、衣装で踊るところやサビは夕方でどこか寂しさを感じさせる映像になっています。
てちがソロダンスを踊るところとか「はあ、なんか寂しい」といつも思います。
人生の美しさ、楽しさ、そしてそれらは刹那的であるという悲しさの両方が余すことなく表現されたMVだと思います。
加えてですよ!
最後にてちがこちらに目を向けてくるカット、そしてザーッということがフェードインしてきて、バンッと落ちる演出が「またイチからやっていく」という覚悟を表しているようにも思います。
パフォーマンスもバレエのような振り付けが多く、しなやかな印象が強いです。欅坂のダンスはバキバキのものが多いので、ライブなんかで見ても結構異質です。
でもだからこそ、「二人セゾン」の印象は強いものになっています。しーちゃんの良さが存分に出ているなとも思います。
パフォーマンスでも最後にてちが歩き出そうとすると、集まっていたみんなが散ってしまい、てちが振り向くと誰もいないという演出になっています。
ここも「変化を受け入れて、一人でやっていくんだよ」というメッセージになっているのかなと思います。
もうとにかく、歌詞の世界観、メロディー、MV、パフォーマンスが一体となって、楽曲全体として、一番人に響くものになっていると私は思っているのです。
欅坂は今日も続いている
グループとしての活動はもう見られませんが、楽曲はいつでもそこにあります。
私たちがそれを聞いて、何かを思ったりすることで、欅坂は今日も生きているのです。
欅坂の歩みは止まっていません。
誰かが欅坂の楽曲で勇気づけられたり、明日を生きてみようと思うのならば。
そして、欅坂の楽曲は櫻坂のメンバーを後押しするものにもなると思いますし、欅坂を土台にしている櫻坂というかたちになって確実に息が続いているのです。
私は来年もまた、欅坂の楽曲に勇気をもらっているでしょう。そして、櫻坂の楽曲を明日を生きる糧にしていると思います。
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